質問、意見などがありましたら遠慮なくメールでお問い合わせください
PR

CMを見るだけでポイントがもらえる
トップ目次第8回

一転語

人の生死に出会うときは、仏様と出会うとき 第8回

「人の生死に出会うときは、仏様と出会うとき」
人は生まれるとき、死ぬときに神様仏様に出会えると聞いたことがあります。
小学校のころ祖母はお天道様(太陽)に手を合わせて、私に仏様を信じる尊さを後姿で教えていたと思います。
「お天道様が見ているよ」と口癖のように云っていました。
小学校のころ聞いた話をいま懐かしく思い出しています。
尊敬する先生からこんな話を聞いたことがあります。
「神様(仏様)の目は一ミリも見逃さない」と。
努力もしないで、棚からぼた餅のようなラッキーに出会ったときは、お裾分けの愛の心が大切ではないかと思います。
例えば、宝くじに当たった人は99%の人がお金が無くなって不幸だそうです。
えっ!99%ですか、とびっくりしました。
仏教は「努力精進」を説きます。
怠ることなく努力精進せよと説きます。
執着を捨てろ!と仏教は説きますが執着を捨てよとは、お金や物はいらない、捨てろということではないと思います。
間違ってはいけないのです。
執着を捨てろということは、「自分を縛り苦しめている、束縛を解き放て」ということです。
どうも、お金がない、物がないことがいい事ではないのですね!
私はこのごろになって少し分かってきました。
「人生には代償の法則が必ず働く人生には代償の法則が必ず働く」ということを知ることが出来ました。
努力しても報われないこともあります。
この世は理不尽なこともあります。
何がいいのか分からなくなることもあります。
この世だけでは分からないから、あの世があると思うのです。
あの世があるのです。
続きがあるのです。
人に知られなくてもいいのです。
仏様は一ミリも見逃さないのです。
努力したことはいずれ必ず実ります。
私はそう信じています。


引用
https://ameblo.jp/kiho-tenshi/entry-12020120496.html
前へ 目次

スポンサーリンク